2010年08月06日

巨人にやって来たメジャーのピッチャー ビル・ガリクソン

ビル・ガリクソンは、1988年に、巨人にやって来た助っ人外国人投手でした。

メジャーで実績を残したピッチャーが、日本に来たことはあまり記憶にありませんが、ビル・ガリクソンは、日本に来るまで、ほぼ毎年、メジャーリーグで二桁勝利を挙げていました。

日本では、1988年に14勝9敗、防御率3.10、翌1989年は、7勝5敗、防御率3.65という成績を残しています。

ガリクソンといえば、マウンド上での、大柄な身体からボールを投げ込む姿が印象に残っています。

ものすごく球速が速いといったことはなく、全く打てないという感じではありませんでした。

どちらかというと、試合を作ることができる、『計算できる』ピッチャーという印象があります。

巨人退団後、メジャーリーグに復帰した後も、コンスタントに二桁勝利を挙げています。

デトロイトタイガースに在籍した、1991年には、20勝9敗、防御率3.90という成績を残し、アメリカンリーグの最多勝利投手となっています。

ビル・ガリクソンは、メジャーリーグで実績を残し、日本でプレーした後、再びメジャーに復帰し、活躍した、助っ人外国人選手でした。



ビル・ガリクソン

1988〜1989 巨人

タグ:巨人
posted by 野球少年 at 00:00| Comment(1) | 外国人投手編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは。
個人的には、成績はまずまずだったと思いますが、期待度があまりにも大きかったので、正直申しあげまして、やや失望感の強い選手でした。

今の日本の野球は、レベルが相当上がってるので、メジャーと言うものは特別意識しなくなりましたが、当時は大人と子供のような印象が強かったので、(メジャー100勝)という看板ばかりが、非常に眩しく映ったものでした。

しかし、いざ投げてみると意外にもスピードが遅く、簡単にバッターに打たれてしまうとこから、近い将来日本のピッチャーも大リーグで活躍できるのではないのかという、期待感を持ったという記憶もあります。

その後は、タイガースで最多勝をとるなど、見かけ以上の何か器用なテクニックを持った人だったのでしょうね。
長々と独壇場を作ってしまったことを、お許し頂きたい。
Posted by 癌・ミセリ at 2011年04月01日 13:23
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。